youbrand ACADEMY ブランディングの思考術と実践術が身につくエグゼクティブプログラム
managed by id10japan
managed by id10 japan セミナーに参加する前に事前に学ぶ かおりブランディング
「3人の専門家が集まって明かす、セミナーでは話さないこんな話。」進行:澤田且成(アイディーテンジャパン株式会社 代表取締役)
語り手:片岡郷さん(アットアロマ株式会社 代表取締役)
松林宏治さん(株式会社共生エアテクノ 代表取締役)今の仕事に就いたきっかけや思い出に残る仕事は?


オーストラリアのユーカリとの出会いがアロマビジネスのきっかけ
澤田 それでは、まず「今の仕事に就いたきっかけ」からお聞きしていきたいと思います。片岡さんがアロマの仕事に就かれた、そもそものきっかけは何だったのでしょうか?
片岡 はい。私が今の仕事をスタートしたきっかけは、オーストラリアのユーカリです。
澤田 ユーカリですか?
片岡 そうです。ユーカリなんですよ。別に「かおり」という切り口ではなく、たまたまクライアントの方からの紹介でオーストラリアに注目したのがきっかけでした。
1998年当時は、ハネムーン先として西海岸やオーストラリアがけっこう流行った時期で、そんな中で私は、ハネムーン旅行者向けに何かオーストラリアらしいお土産を商品化したいと思ったんですね。
そこで、いろいろ調べていくうちに、コアラが食べるユーカリがオーストラリアに原生していて、オーストラリアのだいたい8割方の面積をユーカリが覆っているということがわかったんです。
澤田 8割ですか?
片岡 はい、8割です。さらに調べていくと、ユーカリには「かおりのあるユーカリ」と「かおりがないユーカリ」があって、香料として流通したり、薬の原料として流通したり、食品添加物として使われたりと、ユーカリがあらゆるところで使われていることがわかったんです。
澤田 ユーカリは食べられるんですか?
片岡 ええ、食べられるんですよ。実際、タブレットやガム、飴などの香料になっていたりします。薬では、のどに塗るかぜ薬の「ヴィップス・ヴェポラップ」の原料になったりしていますね。
そういういろいろな用途のあるユーカリを「なんとか商品化しましょう」というところからスタートしたわけですが、いろいろ調べていくうちに、今度はユーカリがアロマの一種だということがわかったので、アロマビジネスをスタートさせたというわけです。
ですから、私の場合は、「かおり」からというよりは、一つの「植物」から入り込んだという感じですね。
澤田 ユーカリに注目をされ、商品化されていますが、タブレットに行かないで、かおりにシフトされたのは、何か特別な理由があったのですか?
片岡 最初の頃は、キャンディや、ユーカリの種を蒔いて栽培する「栽培セット」のほか、ユーカリ以外にもいろんなものを雑貨として取り扱っていました。じつは、今でもそれらは流通しているんですよ。
このようなものからスタートして、しばらく取り扱っていくうちに、オーストラリアにある「エアアロマ(air aroma)」というブランドのアロマのラインアップとかディフューザーを取り扱うところと接点ができたんですね。
Page Top
「ユーカリの効能」と「“オーストラリア”や“コアラ”の連想」を味方にした着眼点
澤田 当時、日本のアロマ市場はどのような状況だったんですか?
片岡 1990年から1991年ぐらいのことになりますが、当時私はアロマのブームが来る兆しを感じていました。ガーデニングやハーブが流行った後だったので、「次はアロマテラピーのブームが来るかな」みたいな感じです。
ただ、「テラピー」といっても、当時はまだ「女性が雑貨のような感じで、本当に一部の人が楽しむもの」という、そういう段階でしたが……。
松林 なるほど。ユーカリって、今でこそ日本人にも馴染みのあるアロマの一種となりましたが、やはり導入当時というのは、あまり知られていませんでしたよね。
片岡 珍しかったですね。ペパーミントはガムなどで馴染みがありましたが、ユーカリはほとんど馴染みがなかったですからね。使われていても、風邪薬用に使われている程度でした。
先ほども言ったように、「ヴィップス・ヴェポラップ」にはユーカリが入っているのですが、「ヴェポラップ」は知っていても、中にユーカリが入っていることを知っている人は少ないでしょうね。
松林 私も知りませんでした。
片岡 昔からガムはありましたが、タブレットはまだなかった。それがちょうど出始めたころで、それに合わせてユーカリも徐々に出始めてきた感じです。
澤田 当時の日本では、ユーカリが入っている商品を日常で使っていたけれども、その成分がユーカリだということまでは知られていなかった。そこで馴染みのある成分を、別の商品に置き換えて日本に持ってこようと思われたわけですね。導入当初の日本市場の反応はいかがでしたか?
片岡 雑貨は、オーストラリアに行った人をターゲットにしたおみやげグッズが中心でしたので、反応は大変よかったですね。コアラがユーカリを食べるというのは、比較的みんな知っていたので(笑)。
澤田 逆に僕は、ユーカリと聞くと「コアラの食事」しか思い浮かばないですけどね。
片岡 そういう方も多いと思います。
松林 私もそうですね。
片岡 ユーカリの認知はあったので、それで別の商品化をしたときは、「ユーカリ・イコール・オーストラリア」という連想にすぐつながるので、比較的市場では受け入れられました。
澤田 日本人が持つオーストラリアへの憧れが、商品の販売につながっているんですね。
片岡 そういうことだと思います。
Page Top
アロマと芳香剤の違いを伝えるところから始まった
澤田 ビジネス全般で言えることですが、新商品・サービスの導入のときや、新しい市場や顧客をつくるときは、市場で受け入れられなかったり、何か課題にぶつかったりして困ることが多いのですが、アロマビジネスに関してはいかがでしたか?
片岡 ユーカリは細々とスタートしたんです。その次に、アロマのディフューザー(意味を解説してください)を輸入して、アロマオイルと一緒に、特に空間に広げるというようなことをスタートしました。
アロマというのは、当時はやはりマッサージで使うとか、お風呂に入れるといった使い方が主流でしたので、アロマオイルを部屋中に広げるということ自体が、アロマポットぐらいはありましたが、あまり一般的ではなかったんですね。
今では、ディフューザーは一般的になってきましたが、当時はそういう状況でしたので、アロマオイルを空間全体に広げるという考え方を伝えるのは大変でした。
澤田 ディフューザーから空間全体を扱うとなると、従来の使い方では体験できないベネフィットというか得をお客様に伝える必要があったんじゃないかと思いますが……。
片岡 そうなんです。でも、新しい商業空間の付加価値を伝えようとすると、芳香剤や消臭剤と何が違うんだと。きちんと説明しないと、一緒にされてしまうことが多かったですね。
澤田 アロマによって空間にかおりをつけるのと、芳香剤を使うのとは何が違うんですか? また、消臭剤とは何が違うんでしょうか?
片岡 やはり原料の差ですね。芳香剤が化学的に合成工場で作られているのに対し、アロマというのは、天然の植物から採られたエッセンシャルを原料として作られている。その点が大きく違います。
芳香剤は本当ににおいをつけるだけですが、アロマはそのファンクション(機能)で、気分を落ち着けたり、風邪のときにちょっと症状を和らげたりと、いろんな扱い方ができるんです。この差は大きいと思います。
澤田 なるほど。
Page Top
「においで苦しんでいる人のために何かしたい……」と、悪臭を取る仕事を選んだ
澤田 次に、松林さんにお話を伺いたいと思います。 松林さんは日本でも非常に珍しい「臭気判定士」という資格をお持ちですね。松林さんの業界ではそうではないと思いますが、一般的に「臭気判定士」という言葉を聞くのは初めての方も多いと思います。そういう国家資格があるということを、おそらく知らないと思うんですね。
そこでお聞きしたいのですが、松林さんはなぜ、その分野に足を踏み入れ、どういうきっかけでその業界というか、ライセンスを知ったのかというところから、お聞かせいただけますか?
松林 僕はもともと環境というものにすごく興味があって、大学時代も環境経済学というのを専攻していました。環境といっても、空気もあれば、土壌もあれば、水もあるというように、いろんなものがあるわけですが、私の場合は、特にどれというわけでなく、ざっくりとした環境というものに興味があったんです。
ただ、卒業して就職する段階では、家の商売の都合があって、まったく今とは違うビジネスをやっていました。しかし、途中で実家を継ぐ必要がなくなったものですから、なにか好きなことができる仕事をしたいと思うようになったんですね。どうせなら、自分で仕事をつくって立ち上げてやろうかなと。
そんなとき、ちょうど僕のおじいちゃんが病院で寝たきりになってしまったんです。何度か看病や介護で病院に行ったわけですが、そのとき病室のすごいくさいにおいが頭に残ってしまったんですね。

そのときはあまり気にしていなかったのですが、後日ほかのきっかけで病室のにおいと同じにおいを嗅いだとき、末期のおじいちゃんのにおいや、病室の状態、おじいちゃんの感情などを思い出してしまったんです。
いわゆる「においの記憶」が残ってしまっていて、それがきっかけで、においというものにすごく興味を持つようになりました。

いろいろ調べていくと、においには悪臭というのがあって、これがすごく大気環境、空気環境とマッチする部分があると。したがって、先ほどおっしゃっていた芳香剤というのは、家庭用のトイレをはじめとして、もう山のように市場ができ上がっているんですね。
ところが、業務用の消臭や脱臭というのは、かなりいい加減な業界だったんです。においというのは目に見えないために、非常に適当なやり方がはびこっていた悪しき業界というのがだんだんわかってきて、これでいいのか……と考えはじめたんです。
澤田 なるほど、そういう業界だったんですね。
松林 はい。そこで、現在僕らが組んでいるメーカーさんの社長さんと知り合ったときに、この会社がすごく革新的で、しかも信頼できるやり方で悪臭をとっていたので、「こういうやり方で、においで苦しんでいる人を助けてあげられる生き方っていいなあ」と思ったんです。そこで、その会社の代理店としてスタートさせてもらい、その後、独立して今の会社を設立したというわけです。
Page Top
「一番稼げない国家資格」と言われても、悪臭と正面からぶつかってもやり続けたのには理由がある
澤田 そのとき臭気判定士の資格は取得されていたんですか?
松林 まだ資格は取っていなかったです。臭気判定士自体も、2003年当時はまだ民間資格から国家資格に変わって7年かしか経っていなくて、全部で2,000人もいなかったですね。
澤田 今は何人くらいいるんですか?
松林 今でも3,000人強です。
片岡 そんなに増えていないんですね。
松林 ええ。受験者数が少ないのも一つなんですが、国家資格なので当然5年ごとに免許更新があるんですね。そこで脱落する人も多いようですね。僕のID番号は2455番なので、マックスで3300番ぐらいまでは行っていると思うのですが、実際はそんなにはいないと思います。
片岡 「気象予報士」も最近ですよね、国家資格になったのは。それと同じぐらいですか、時期的には。
松林 臭気判定士の方が少し早いかもしれません。ただ、気象予報士はすごくメジャーになって、ニュースとかにもよく出てくるようになりましたが、臭気判定士はなかなかメジャーにならないですね。それどころか、「一番稼げない国家資格」として紹介されたこともあるぐらいです(笑)。

実際、臭気判定士としてビジネスが成り立っている会社は少ないですね。すごくニッチな部分だし、悪臭を視覚化したり定義づけたりするので、しっかりやっていくのは本当に難しい仕事だと思います。
澤田 松林さんは、毎回もしくは毎日、悪臭というものと出遭われているわけですが、気分が落ち込んだりすることはありませんか?
松林 正直、ありますね。悪いにおいをどれだけ嗅ぐかというのが、僕らの仕事ですから。いいにおいを嗅ぐのが訓練の人もいるし、調香師さんなんかはそういう訓練をしているのですが、僕らは逆に悪いにおいをどれだけ嗅ぐかなので、へこたれていると仕事にならないんですが、正直きついですね(笑)。
澤田 へこたれたときは、どうやって回復するんですか?
松林 例えば、強烈なにおいの例だと、こういうのがあります。BSEに感染して死亡した牛を検査するまで保管しておかなければいけないのですが、そこの保管庫のにおい対策をやったときは大変でした。保管庫に行くと、ぶら下がった牛の死体がバーンと出ていて、だいたい舌がベロンと出ている(笑)。ああ、これがタン(舌)だと思うと、ちょっと牛肉はしばらくいいかなあとか。 養豚場の対策もやるのですが、そうするとちょっと豚肉はしばらくいいなあとか。ですので、ある程度時が癒してくれるのを待つしかないですね。
澤田 そんな中で、辞めずに、それどころか資格を取ってまで、もう一歩この業界に入って専門家になろうというのは、よっほどじゃないとできないと思いますが、松林さんの場合は何がそれを後押ししたんですか?
松林 ちょっとかっこいい言い方かもしれませんが、やはり「においで悩んでいる人が多いから」ということですね。
澤田 においでですか?
Page Top
においで悩んでいる人が多い社会の事実
松林 ええ。せっかくマンションを買ったのに、なぜか知らないけれど汚水の臭いがずっとしていて、誰も原因が解明できないとか。下の階に例えばラーメン屋が入っていて、毎日ラーメン屋のにおいが入ってきて洗濯物も干せないとか。そういうことで苦しんでいる方がけっこう多いんですよね。昔はそこまで気にしていなかったでしょうが、今はけっこうにおいを気にされる方が増えています。

臭気判定士とともに、「悪臭防止法」という法律もできたのですが、「悪臭防止法」を知らない方が圧倒的に多くて、泣き寝入りというか、誰に文句を言っていいかわからないという状況の中で、僕らがそういう人たちを助けてあげられればと思っています。

じつは、現場に出て臭気の判定をしている臭気判定士はあまりいなくて、もともとがにおいを測定する仕事なので研究所にいることが多いんですね。 しかし、先ほど言ったような社会的に求められている仕事というのもあって、決して楽ではないと思うんですが、やはり「においで困っている人を助ける」というやりがいが、うちのメンバーも含めて、この仕事を支えているんじゃないかと思いますね。
澤田 やりがいというか、使命感というか。
松林 そうですね。そういうものがないと、絶対続かないと思います。
澤田 聞いているだけで、大変そうですものね。
Page Top
勝ち残るためには「低価格化戦略」と「付加価値戦略」しかない
松林 ところで、澤田さんがやっているブランド戦略というのは、すごく大事なことだと思うんですが、何をやるのかが理解されてないと思います。私も澤田さんと知り合って初めて「こんな考え方があるんだ……」って感心したのを覚えています。澤田さんは、ブランド戦略とはどこで知り合ったんですか?
澤田 次は私の番ですね(笑)。私は大学卒業後、最初の仕事でマーケティングリサーチの会社に勤務しました。そこでは32カ国ぐらい回ってトップインタビューをしたり、ショップの人に意見を聞いたり、関係書類を集めたりして、現場で参入企業の戦略やマーケットシェアとか、いろんな市場の状況を調べていきました。
そんな業務を繰り返していくうちに、世の中には大きく分けて二つのビジネス戦略しかないと思ったんですね。一つは「低価格化戦略」。どれだけ安くして儲けるかというもの。もう一つは「付加価値戦略」です。いかに付加価値を付けて勝負するかです。

たくさんのトップインタビューと、たくさんの市場に足を運んでわかったことは、この「低価格戦略」で勝てるのは、市場では1社しかないということです。つまり、資本力があるか、もうすでに影響力のある、もしくは社会的にパワーを持っている会社しか勝てないというわけです。 もう一つの「付加価値戦略」は、価格以外の理由ですごく突出している何かがあって、それで選ばれている会社です。外資系企業であれば、Made in Japanではなく(?)、Made in U.S.A.といった具合に生産地をつけたりとか、アフターサービスがとんでもなくよかったりとか、デザインがすごくいいとか。
松林 ○○産って付いているだけで何か安心感ってありますからね。
澤田 そうなんです。そんな感じで、いろんなタイプの付加価値を見つけては報告書に入れて提出していました。また、「ブランド力」という言葉も報告書に入れていました。その後、インターブランドという世界的にブランド戦略では有名なコンサルティングファームに入ったんです。
そこですごくびっくりしたのは、目に見えるものだけでなく、目に見えないものや感覚、フィーリングといったものまでも価値として位置づけていたこと。そしてそれらを戦略的につくっていくことを本気で考え、戦略家やデザイナーといった専門家が1つの会社に集まっていたことだったんです。目に見えないものまでも戦略的に考えていることには本当に驚きました。
片岡 可視化するということですか?
澤田 そうです。多くの方は、目で見えないものはどうしていいかわからないとおっしゃいます。その通りです。目に見えないものをどうしたらいいのか……。雲をつかむ以上に難しいことかもしれません。でも、もしこの目に見えないものが目に見えるようになったら……、目に見えないものが何からでてきているのかがわかったら……、これはすごいことになるんです。

インターブランドという会社がすごいのは、ブランドというものを金額換算する手法をもっていることです。つまり、ある会社のブランド力は、何百億円ですとか、何千億円ですとか算出しちゃうんです。会社のブランド価値の資産評価がでてきて、ランキングして、毎年『ニューズウィーク』で発表しています。今年から日本のランキングも始まりました。たしか、先週発表になったと思います。

つまり、算出できるということは、何かの要因で「伸びる・下がる」というのがあるんですね。ということは、それを分析していくと、「ブランドを上げる要因」「ブランドを下げる要因」というのがわかるわけです。
だから、そこをいじっていきましょうとか、コントロールしていきましょうというのが、一つの考えなんですね。しかもロジカルな考えで。

ですから、ブランド戦略を仕事でずっと続けてきたおかげで、目に見えないものの流れが感じ取れるようになってきました。コンサルティングの現場だと、その目に見えないものをお伝えするわけですから、可視化していくことになりますね。
松林 なんだか、むずかしそうですね……。
Page Top
天職と信じられるように徹底的に仕掛けていった
澤田 私がブランドのコンサルティング会社に入社したころは、社内の会話で使われている単語がわからなくて、熱が出たほどです。知恵熱にかかったような感じでした(笑)。毎日、毎日、どうしたらいいのかわからなくて、本当に悩みましたね。 でも、父親が山の写真を撮るのが趣味だったので、写真と触れる機会が生まれたときからあったこと、また社会人になってからマーケティングリサーチということで数字を扱った仕事をしてきたことを考えると、「わからない」「難しい」って考えてしまう心に、「これは俺の天職だ!」と説得し続けてきました。
松林 どうやって説得したんですか?
澤田 重くのしかかってくると苦しくなるので、ブランド戦略やブランディングと名がつくありとあらゆる書に目を通しました。「好き」「嫌い」に関係なく読んでいきました。4~5冊をカバンに入れていたので結構カバンをつぶしましたね(笑)。そうやってある分野のインプットする情報が増えてくると、頭の中で本当に好きなものが浮かび上がってくるようになってきたんです。
そして、「なんで好きなんだろう・・・」って年少のころからの生活環境や、大学進学・留学など人生を大きく変えたターニングポイントでの出来事を結びつけていったんです。「あのときにうまくいったのは、あのときに失敗したのは、今日、今、このときのためにあったんだ!」って、今の出来事と過去の出来事を結び付けていったんです。因果関係をつくっていったわけですね。

すると、「今は、偶然じゃない、必然なんだ」と納得できるようになりました。ほんとに嬉しかったですね。ブランド戦略は、「ロジックとクリエイティブ」「戦略家的発想とデザイナー的創造性」の両方が必要なんですが、これまでの経験がなければこれらのブランディングに必要なエッセンスは体得できなかったと思います。「失敗までも成功の土台にしてやる!」。そんな貪欲さがありましたね。
Page Top
専業主夫時代の地殻変動で感じた社会の悩み
片岡 澤田さんって確か、コンサルティング会社を退職して、専業主夫をして、それからまたコンサルティング業界に戻ってきたんですよね。そのまま専業主夫を続ける選択もあったんじゃないんですか?
松林 元専業主夫のコンサルタントって、キャラが立ってますね。
澤田 結婚する相手の方の理由で、自分の仕事を辞める方の気持ちがよくわかりました(笑)。これまでビジネスパーソンとして見ていた社会が、一人の消費者としての視点で見られるようになったと思います。すると、「あの商品のコンセプトって、確かこんなイメージなじゃないよな……」って、企業側の意図と受け手の感じ取り方の違いが見えてきたんです。

「伝えるものが伝わっていないのはなぜなんだろう?」って、じっくり考えました。専業主夫なので時間はありましたから(笑)。問題は、魅力がないんじゃないんですね。魅力はあるんです。ただ、魅力の発見方法、表現方法、伝達方法、管理方法がうまくいっていないからなんです。 大企業は専門の人を雇ったり、社外の大手コンサルティング会社に依頼する資金力があります。でも、そうじゃない会社はどうしたらいいんだろうって考えたとき、社内の担当者にノウハウをお伝えするか、手法をコンパクトにしてコンサルティングをするか、病院やフィットネスクラブといった業界ごとの専門家の方とパートナーシップを組むことで、魅力を伝えることはできると思いました。

本質が見えていなければ、魅力が整理できない。そして言語的にも視覚的にも整理できない。この悩みに貢献できればと思って起業しました。

セミナー概要
1.今の仕事に就いたきっかけや思い出に残る仕事は?
2.今の仕事の魅力は?
3.不快なにおいを消臭すること、アロマを導入すること、ブランド戦略を導入することで売上増につながった事例
4.業界別「かおり」をビジネスの成功につなげる着眼点
DVD
Page Top
Youbrand ACADEMY









アイディーテンジャパン公式メールマガジン
ブランディングニュース
ブランディングの成功法則をお届けしています。
バックナンバー・登録はこちら

プライバシーポリシー